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「学校に行かなかった私」から見える世界

不登校・高校中退・定時制高校を経て大学・大学院に進学、会社員2年目。「学校に行かない」を経験をした私が感じたことを、綴っていきます。

私はキラキラしたロールモデルではないです。今でも、誰かになろうと、普通になろうと頑張ってしまうことなんて、たくさんあるんです。

私は普段は、一会社員として民間企業で働いています。
「学校」という組織に馴染めなかった私にとって、企業という組織の中で働くということは
「また、いじめの対象になるんじゃないか」という、心臓がバクバクするようなこわさとの戦い。(全くそんなことないのですがね。苦笑)


みんなが普通に馴染めていた(ように見える)学校という組織に馴染めなかったコンプレックスは、
不登校や中退の状態から大学・大学院に進学して
一見「乗り越えた」ように見えても、未だに強く根づいています。


そんな中で、たくさんの人に支えられて、私は今社会人2年目になりました。

 

昨日の夜
悲しみ、苦しさ、感謝、色んな気持ちが溢れて、声にならない声で、泣きました。


いきなりこんな記事ですみません。
ただ、書き留めておきたかったので、書かせてください。


**************


少し前のこと。


「真面目だね」

そんな風に言われた時、「ありがとうございます」と返したら「いや、褒めてないからね」と言われたことが、ありました。
その時、突き放されてしまったような、否定されたような、寂しい気持ちになりました。


私の周りには、明るくて、人懐っこくて、ふっと誰かの懐に入っていける力のある人、
初対面の人ばかりの場所でも臆せず、楽しげに話せる人がたくさんいます。


その一方で私は
楽しい冗談が言えず、
お酒の場を楽しめる心の余裕もまだない。
臆病で、隅っこで、びくびくしながら緊張して時間を過ごすことが多いです。


そんな自分のことを見透かされたようで、
「おもしろみがない、もっとおもしろくしろよ」と言われているようで
「苦しいな」と思いながらも、そうできない自分をずっと責めていました。


なんで私は、周りの人みたいに楽しめないんだろう。
つまらない人間って、思われているんだろうな・・・って。


***************


そんな時には決まって、学校に行けなかった、馴染めなかった時のこと
教室の隅っこで、周りの楽しそうな笑い声を聞きながら、独りでいた時のことを思い出します。

その度に、「もうこうなっちゃいけない、私は乗り越えたんだから!」と思って
「あの人のように、明るく話しかけよう」
と気を入れて、自分じゃない誰かになったかのように、振る舞っていました。


がんばって、がんばって、話しかけようとして。
でも、話していて、「相手は、楽しめているのかな?」ってずっと気になっちゃって。


それが、すっごく、つらくって。
話を楽しむことはできず、終わった途端にどっとくるのは、疲れと発熱でした。


***************


昨日の夜、出張帰りの新幹線の中

「窓側の席とれるの久しぶりだなあ・・・」なんて思いながら、真っ暗な外の景色を見ていたら、自然と、涙が出ていました。

自分がどう見られているか、に気を遣いすぎたのが、たまって、溢れ出た感じでした。

 

***************


疲れ切って帰ってきて、すぐにシャワーを浴びて
もう頭で何かを考えることも、感じることもしたくなくて、そのままベッドにぽすんと身体を預けて、眠りました。

でも、また、涙が出てきてしまって、起きちゃったんです。
出てきて、出てきて、出てきて
声にならない声で、泣いてしまいました。

もう、自分でも、どうにもできなかったんだと思います。

 

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そんな時に、かけてもらった言葉が、ありました。

 

 

 

「誰かになろうとしなくていいよ。
おもしろい話をしたい人もいれば、
大人しくて、ゆっくりじっくり話したい人もいるし。
そういう人と話したらいいんだよ。

色んな人がいるんだから、
たかちゃんの良いところを活かして、接していけばいいんだよ。



がんばったね。」

 

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私は、すっごく弱いんです。
今でも周りの誰かと比べてしまうことがたくさんあって、
自分に足りないものを見つけるのがすごく得意なんです。

 

自分に自信なんかなくって、
誰かになろうとしてしまうことだってたくさんあるし
自分の良いところ、よくわかりません。

 

だから、周りからどう見られているかで自分を判断してしまって、結果的に、自分を追いつめている。


それはわかっているのだけど
「自分じゃない誰かになろう」としてしまうのが身体にしみついていて
なかなか、離れることが、できないんです。


だけど
そんな状態でも、見てくれてる人が確かにいて
受け容れてくれて

 

「誰かになろうとしなくていいよ」


その一言が、あたたかくて、すごく、すごく救われて


こんなにも救われるものなんだって、

昨日は、

嬉しくって

また、涙を流してしまいました。


*************


私が、自分で自分のこと、認められるようになるのは、まだまだ時間がかかると思います。
人目だって気にするし、普通になろうと頑張ることだって、あると思います。


不登校じゃなくなったからって、いきなり、自分に自信持てるようになるわけでは、私は、なかったです。
なんだか、「すごい人」って言われたり、「芯が強い」って言われることも時々あるけれど
そんなこと、全然、ないんです。


私は、不登校をすっかり乗り越えた、ロールモデルみたいな存在にはなれません。


時々、そんな風になることを希望される時があるけれど
今の私は、そんな風ではないのです。


今でも、自分の弱いところがたくさんあって、
支えてくれてる人たちに、ちょっとずつ甘えることが、ようやく出来てきて
そんなめんどうな弱い自分と、一緒に生きている、真っ只中です。


私は、そんなんだけど、

 

そんな、等身大の思いを綴っていければと思います。

 

**************


あんまりまとまってなくて、すみません。


ただ、「誰かになろうとしなくていい」って言ってもらえることが、こんなにも救われることだって、改めて感じた昨日だったので
書き留めておきたかったのです。

 

乱文失礼しました。


ブログは、これからも続けていきますので、よろしくお願いいたします。


※職場の人間関係にはとても恵まれていて、あくまで私個人の葛藤を描写しているだけです。

【不登校からの大学進学②】いじめっ子を気にして、自分を諦めていたわたし。

こんばんは、たかこです。

 

前回の「不登校からの大学進学①」では、進路と向き合うことから逃げていた時期のことを書きました。

 

初めて「楽しい」と感じられ友達もできた定時制高校を離れたくなくて、私は友達と同じように県内の専門学校への進学を考えます。

 

定時制高校3年目になる前の、春休みには専門学校のオープンキャンパスに参加をしました。

 

私はそのことを、谷さん(仮名)という方に話しました。

 

 

 

親でもない、友達でもない、谷さん

谷さんは、私の母の友人の女性で、私が幼稚園生だったときからお世話になっていた方でした。旦那さんと町の郵便局をやっていて、私がよく遊びに行くと、色んなことを話してくれたり、ずっと本を読んでいるのも許してくれる人でした。

 

気持ちも安定していて、ずうっと見ていたくなる穏やかな波のような人。

 

親と変わらないくらい年齢だけど、私をこども扱いせずに、対等に話しかけてくれる。「おとなしい子」と母に言われて内心傷ついてた私に、「たかちゃんは、物事に集中して取り組むのが得意だよね」とポジティブな言葉をかけてくれる、不思議な存在でした。

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認められている感覚があったのか、私は谷さんに対しては、素直でいられた気がします。

 

中学で不登校になったときも、高校を中退したときも、フリーターしてたときも、定時制に入ってからも、谷さんだけは何も変わらず、接してくれていました。

 

そんな谷さんに

 

「この間、専門学校のオープンキャンパスに行ったんです」

 

と言ったときのこと。

 

谷さんが、10年間の知り合い期間の中で初めて見る神妙な顔つきで、こう言ったのです。

 

 

「・・・たかちゃん、本当にそれでいいの?
小さい頃からずっとたかちゃんのこと見てきたけど
努力家で、真面目で、一つのことに一生懸命で
本当は、大学とかで勉強するのが向いているんじゃないかと、私は思っているの」

 

 

小さい頃から見てくれた谷さんの「本当にそれでいいの?」という言葉に私はこわくなって、「本当にそれでいいの?」って、その後ずっと自問自答していました。

 

 

 

 

不登校になった私は、「できない」

でも、自問自答を何度も繰り返しても、やりたいことや将来の目標なんて見つからなかったんです。

 

谷さんの言葉に対して出てくる私の気持ちは・・・

 

「私にはできない。これから大学受験なんて間に合わないよ」

 

「勉強したいことなんて、ないよ、頑張れないよ」

 

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やりたいこと以前に、がんばろうと思えなかった。

「私は大丈夫」って自信を、「不登校を経験した」ことでなくしてしまっていました。

 

でも、「私はできない、私には無理」と思い続けていたとき、ふと、制服を着た高校生が目に入ってきて、中学校のときの同級生を思い出したんです。

 

 

あいつらのせいで諦めるなんて、悔しい!

制服を着た高校生を見て、中学校のとき自分をいじめていた人たちのことを思い出したら、悔しい思いがこみあげてきました。

 

「あいつらは、中退もせずに今頃大学に行ったり、それぞれの道を進んで、きらきらしてる。私だって、中退していなかったら、来年の今頃、保健室の先生になるための大学に進学していたかもしれないのに。。。

私のことなんてきっと、忘れているはずなのに、私は、ずっといじめられていた記憶から抜け出せなくて苦しんで、自分にはできないことばっかりって思ってて、全部諦めようとしてる。


悔しい。

 

・・・あいつらが、「すげえ・・・」って驚くような人生にしたい。
自分で自分の道を選んで、頑張って、幸せになってる姿で見返してやりたい。

 

だったら、諦めちゃいけない。


あいつらが原因で諦めるなんて、

私は絶対に、嫌だ。」

 

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私はその日、大学に行こうと決めました。

 

高校中退して一年遅れの自分、学校通えなかった自分は確かにいて、そんな自分に自信なんてない。でも、だからといって、諦めたくない。そんな気持ちが一気にこみあげてきたんです。

 

それからは、一度は諦めた、保健室の先生になるための道。興味のあった、カウンセラーの道。一番好きだった英語を学ぶ道。色々見ました。

 

見返してやろうと、ある程度名前の通った大学に行こうと、東京の有名大学を手当たり次第ネットで調べて、隅々まで学部の情報調べに没頭しました。

 

かれど、なかなか、「これだ!」と思える場所には出会えませんでした。

 

教育に興味があっても、学校に行けなかった自分が、先生になりたい人たちに囲まれて生活するのはこわくって、教員養成系の大学は手が届かなかった。

 

私自身がスクールカウンセラーに苦手意識があったので、心理学も抵抗があった。

 

英語は好きだけど、4年間学部で学ぶのはなんだか違うって感じた。

 

 

・・・一番しっくりきたのは、定時制で知った「日本の中にも色んな人がいること」を学ぶことでした。

 

幸いにも、ある大学で学べることがわかり、行きたい大学に出会うことができました。

 

定時制高校3年目の8月のことでした。

 

半年もないような大学受験。

中学2年生の時からとまっている学力。

でも、やるしかなかった。

 

 

目標が定まると同時に、受験勉強の日々が始まったのでした。

続きを重ねて、勇気と出会って、生きたい、27歳。

 

 

こんばんは。

 

ブログ、更新するする詐欺で、申し訳ございません。。。汗
ここ最近、休日出勤、休日に資格試験、平日は早出からの夜10時11時までの残業、出張、と立て込んでいまして
文章を書く気力がありませんでした。。。


それを見ていた上司から「休みとったほうがいいよ」と声をかけていただき
今日はお休みをいただいて、久しぶりに身体を休めていました。
「~しなきゃいけない」がないお休みは、久しぶりです。


そんなこんなしているうちに、先週私は、27歳になりました。

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同時に、26歳の1年間が終わりました。

 

せっかくなので、ここに書いておきたいな。今日は、不登校ネタじゃなくて、すみません。苦笑

 

****************


26歳の一年間は、「環境の変化」がテーマの一年だったように思います。


お仕事の変化。

 

4月に部署が会社の中で最も規模の大きい部署から、ベンチャー企業のような新規事業の部署に変わり、
職種が営業事務と法務のようなお仕事から、営業に変わり、
お客様が会社の人事部の方から、学校教育関係者の方々に変わり、


色んな変化の中で、必死でもがいてきて、でも追いつけないことのほうが多くて、「自分ダメだな」って思う場面ばっかりで
何度、「私今の仕事合っていないんじゃないか。。。」と悩んだり、思い苦しんだことか、わかりません。


一週間前の出来事が、数ヶ月前のことに感じられるような
密度の濃い時間を過ごす中で


もともと、周りのペースに合わせていくのが苦手な私は
最初は、あまりに早い進み具合に、苦しいと思うことが、多かったように思います。


けれど、最近は、変化を受け容れられるようになってきました。


「苦しい」と言ったときに、ある人が

 

「まだ慣れていないだけだよ、大丈夫だよ」

 

と言ってくれたことがあったけど
「慣れた」わけではないけれど、
「な」の字くらいは、わかるようになってきたのかな・・・。


楽しめる、までは、まだちょっとですけど。。。苦笑


もう少し、全体を見ながら仕事を進める癖をつけることが、今の目標です。

 

****************

 

環境の変化。


27歳になってから4日目、お引越しをしました。

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最近、ブログを更新できてなかったのは、仕事の忙しさに加えて引越し準備もあってのことでした。


引越しをするのは、これで3回目。
1回目は、大学生になる時、実家から上京したとき。
2回目は、学生から社会人になるとき。
3回目は、今回のお引越し。


1回目は初めて実家を出るお引越しだったから感慨深かったです。
2回目は、上京して6年間ずーっと住んでたマンションからのお引越しで、毎日「いってらっしゃい」「おかえりなさい」と声をかけてくれる管理人さん夫婦と仲良くさせてもらっていたから、すごく寂しくて、最後の夜はちょっと泣きました。笑


でも、今回のお引越しはあまりそういうのはなく。

 

 社会人になってから暮らしていたお部屋は、初めての駅近物件だったのですが

ド田舎出身の私には、駅近の人気のある感じがどうも、性に合わなかったみたいです。


今は、駅から徒歩25分くらいはあるけど
静かで緑の多い場所です。

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今日は、昼間ベッドでごろごろしてたら、聞こえてくるのは鳥の声。
平和で、あたたかい暮らしが、始まっています。

 

****************

 

27歳になったから、何かが変わったという実感はありません。
不思議なほどに、「これを成し遂げるんだ!」という、情熱にあふれる気持ちも、今はありません。
ありません、というより、もっと優先してすべきことに気づいた、というほうが正しいです。


何か新しいことよりも、当たり前のことを、当たり前に、行動できる人になろう、というのが私の今の想いです。


今の部署で仕事を始めてから、「当たり前の積み重ね」がどれだけ大切で、どれだけ難しいかを思い知る場面がたくさんありました。
どれだけ自分が「当たり前のこと」をできていないかも、悔しいけれど、理解しました。

 

変に自分の能力は高いと勘違いをしていたこともあったし
人と関係を持つのがこわい、という意識が仕事の場面で出てきて、
「相談ができない」場面の克服には、だいぶ時間を要してしまいました。

 

今まで、若さからなのか、経験からなのか、変に自分を強く持ちすぎていたのかもしれません。そうしてないと、馬鹿にされるという意識が抜けなかったのかもしれない。

 

でも、そうじゃなくてもいいんだ。

 

もっと力抜いて、楽しく生きていて、いいんだ。

 

そして、もっともっと、目の前の続きを大切にしていこう。

疑ったり、悩んだりじゃなくて、正面から見つめて、信頼していこう。

 

そんな風に思える経験ができた、26歳の1年間でした。


あまりに早く流れる時間の中で、どれだけたくさんの人にお世話になってきたか、助けられていたか、わかりません。


26歳の私を支えてくれたみなさまに、この場を借りて、ありがとう、と言わせてください。

 


あと、昔の私にも、ありがとうって言いたいです。
頑張って前に進むことを、自分のことを、諦めないでいてくれて、ありがとう。

 

 

***************

 

目の前の続きを重ねて、勇気と出会っていきたい。

 

結果的に、どうなったとしても、残ってくれたものを大切に抱きしめていきたい。

 

そんな風に生きる、27歳の一年間を過ごしていきます。

 

 

これからも、どうぞよろしくお願いいたします^^*

 

【不登校からの大学進学①】大学進学なんて無理、と決めつけていた頃のお話。

今日から、「不登校からの大学進学」のお話を、5回くらいで綴っていきたいと思います。

その前に、お伝えしたいことがあります。


ご存知の方も多いと思いますが、今大学入試改革が国で議論されていて、大学入試の制度・問題が少しずつ変わろうとしています。
(具体的には、知識量を問うというより、考えを導き出す過程を評価するという方向に)
私が大学受験をした2008年度は、AO入試の利用は少しずつあったように感じますが
私立大学の一般入試ではマークシートが主流でした。
(これも、大学によって問題傾向が異なりますが、私が受験した3校は特にそうでした)

 

私が合格できたのは、実質半年の勉強期間で対応可能な入試問題の形態だったことも要因の一つとしてあると思っています。
その点を念頭に置き、ご覧いただけると幸いです。

 


保健室の先生になることが夢だった

大学の話になる前に、中学生のときのことです^^

こちらの記事で書いたように、私が中学校にいけなくなったのはいじめが原因でした。

 

不登校になってからは、基本的に自宅の自室に引きこもり生活でしたが
時々学校に行くときは、保健室に登校していました。

 

保健室、休み時間になると人が多くなるから
私は好きではありませんでした・・・。
それでも、学校の中にいながら、ちょーっとだけ心を休めることができる場所。
チャイムの音は届くけど、教室にいる時のようにいじめられる心配もなく、時間が流れる空間でした。

 

その時から、「いじめられている子や、学校に苦しむ子が味方と感じてくれる存在になりたい」という思いがあったのだと思います。
その手段として一番身近だった、保健室の先生になりたい、という夢をもっていました。

 

なので、最初に入学した全日制高校の進路希望調査には
教員養成大学の養護教諭養成課程を片っ端から書いてました。笑

 

 

定時制から大学は無理、と自分で決めつけた

全日制を辞める前は、「保健室の先生になりたい、だから教員養成大学に行くんだ!」って思えていました。
でも、高校を中退して、半年間のニート・フリーターの後定時制高校に入学したとき、こう思ったんです。

 

「こんな最底辺の高校じゃ、大学進学なんてできない」

 

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定時制高校に入学した時に、それまであった大学進学という進路の選択肢が、なくなってしまったような感覚になったんです。
キラキラした進路選択なんてものは、もう縁がなくなったんだ、そう思いました。

 

定時制に入学した時点で、学力を高めるなんでてきないし、自分で大学受験の勉強をすることも自信がない。

 

言い訳をたくさんつくって、定時制高校のせいにして、
投げやりに、「みんなが行く専門学校でいいかな」って考えていました。

 

 

大学受験の勉強には適していないけど・・・大切な学びと問い

そんな風に投げやりになってはいたのですが
私が再び大学受験を目指す大きなきっかけをくれたのも、定時制高校での経験でした。

 

「こんなに身近に、色んな世界があったんだ」

まるで異文化体験でもしているかのような小さな驚き・大きな驚き、気づきにたくさん出会いました。

 

私が入学した学年は、過年度生(高校中退者など)や社会人経験者も比較的いて、
経歴も、服装もみんな本当にバラバラ。
入学式後のホームルームで、「この中で自動車免許持ってる人は申請出してね~」ってナチュラルに先生から確認された時は、ほんとにびっくりしました。笑
「そっか、今日自分の車で高校まで来た人もいるんだな」って・・・。


こう書くと、「色んな人がいて楽しそう」ってポジティブな印象を持たれるかと思いますが
「こんなに身近に、色んな世界があったんだ」
と思えた理由は、それ以外のこともありました。


例えば、
昨日まで後ろの席に座っていた同級生が、新聞に載るようなバイク事故を起こして補導されてしまったこと。
妊娠して、こどもができて、年齢がそんなに違わない同級生が「母親」になったこと。
家計を助けるためのバイトの掛け持ちのストレスで、突然パニックになる子がいたこと。

 

普通高校ではあまり見られないと思いますが
一人、また一人と、入学から日が経つごとに、教室にいる人数が減っていくこと。
知らない間に、同級生が、各々の事情で学校を去っていってしまったこと。

 

当時は高校も無償化ではなかったので、定時制であっても経済的理由から辞めた同級生もいました。


そんな場面を、定時制高校の3年間、
毎日、目の当たりにして、そのたびに息を呑みながら、当時の私なりに

 

「みんな、一緒じゃなきゃ、一緒だって思っていたけど、本当は、それぞれの道を生きているんだな。」

 

と感じていたんです。


大学受験の学力をつけるには、正直、適していない環境だったと思います。
でも、全日制にいたら学べなかったんじゃないかと思う大切なことを、ずっと学び続けていました。


「なんで、こんなに身近に色んな人がいることに気づかなかったんだろう」


そんな疑問も、ずっと心にいました。

 


******************

 

定時制に入って、大学受験は一度諦めたのですが
心から離れない問いをずっと持ち続けていました。

 

それでも、その問いを大学で追究しようとは、大学に行こうとは、定時制3年生の春すぎまでは思えませんでした。

 

不登校だった自分、定時制にいる自分が大学受験ができるわけも、勉強を頑張れるわけもない。
親だって、「国立じゃないと大学には出せないよ」と言っているから、経済的にも厳しいことを理解していました。
それに、やっと慣れてきた定時制を離れたくない。
もう一度、「普通の社会」に戻って、組織の中でやっていくのはこわい。卒業したくない。


そんな風にすら思っていて、私は、進路のことを真剣に考えることから。ずっとずっと逃げ続けていたんです。


そんな私ですが、定時制高校3年生の5月に、
ある人の言葉がきっかけで、大学受験を決意します。


次回は、そのお話です。

大学進学の理由・勉強を頑張れた理由について、振り返ってみようと思います。


こんばんは、たかこです。

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出張続きで平日ほとんど時間がとれず、久々の投稿となりました。
前回の記事を書いたところ、こんなコメントをいただきました。

 


「何で、大学に行こうと思ったの?」

「何がモチベーションになって、そんなに勉強頑張れたの?」

 

実は私は、受験勉強関係のことを誰かに話したことはほとんどありません。
というのも、「頑張ってきましたアピール」をしているみたいで、嫌だなって思ってしまうのです。。。

 

話したことがない、というより
疑問を持たれても、話す事を意図的に避けてきた、というほうが正しいかもしれません。


でもこの記事を読んだ人から、もっと知りたいと思ってもらえたこと。
当時の自分を振り返ってみても


「時間も限られていて
環境的な制約も多くて
そんな中で、どうやったら大学に進学できるんだろう」


という疑問は、確かにあったことを思い出しました。

 

なので、この機会に、振り返ってみます。

 

 

・・・ただ、こわいんです。
話すことで、これを見ている誰かに

 

「あの人だからできたんじゃないか」

 

って、思われてしまうことが。

 


でも、今回は、言葉にしてみようと思います。

泥臭い頑張り方だったし、
みじめなところをさらすことになるけれど
出してみないと、どんなことがあるかなんて、わからないので。

 

今日はその決意表明。
これから、記事をあげていきますので、ご覧いただけると嬉しいです^^

「不登校からどうやって大学進学したんですか?」に対する私の答え

不登校で、中退してて、定時制高校で

どうやって、大学に進学したんですか?」

 

「大学に行く秘訣を教えてあげてください」

 

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私は、不登校・中退・定時制高校から大学と大学院に進学した、という経歴のため
学校の先生や、不登校の研究をしている人たちから、よくこんなことを聞かれます。


その度に、違和感を覚えていました。
なんだか、「不登校」「中退」「定時制高校」だと、大学進学がはなっから無理だって決めつけがあるみたいで。。。

 

 

今の私が、この質問に答えるとしたら。。。

 前までは、もやもやがずっと解消できずにいました。

でも、今ならこう答えるかな。

 

 

「大学進学の壁って、2つあると思います。
1つは、学力。2つ目は、経済的な壁。
この2つの壁がクリアできればいいのだから、『不登校であること』を取り上げる必要があるのかな、って思う。

 

受験勉強は、自分の今の学力と、行きたい大学に必要な学力の差を埋めること、それ以上の力をつけること、それが全てだと思っています。
ただ、不登校期間があるということは、授業を受けてないことなので
行きたい大学の偏差値が高く、埋め合わせなければいけない差が大きいのなら、それなり、をはるかに超した努力は必要です。

 

私は、行きたい大学と自分の学力の差は偏差値でいうと20ありました。

それを埋めるために、それ以上になるためにやったことは、
他の人以上に勉強すること。
時間にしたら、一日18時間くらい。
必要な力をつける、という目標に『不登校か否か』はあまり関係ないし
意識したこともほとんどありませんでした。
(むしろ、単位をほとんど取り終わっていて融通のきく定時制だったからよかったなって思ってます。)


2つ目の経済的な壁は、
日本学生支援機構奨学金と、
大学にある、学費が免除になる特待生制度が適用できれば、乗り越えられることもある。


この2つの壁を考えてみると、『不登校であること』に着目する必要があるのかなって、私は思います。

 

ただ、応援し合える仲間がいない、少ないのはハンデになるかもしれません。
進学校に通っている子と比べると、大学進学者は少ないし、情報も自動的に入ってくるものではないから自分一人だと難しい。
けど今は、SNSとか普及しているから、受験仲間もつくりやすいんじゃないかと思う。

また、入学後の対人関係は、不登校だったこともあって不安に感じることもあるけど
あくまで、『大学に入学する』ことにおいては、『不登校』は関係ないって思います。」

 

 


これが私の、今の答えです。

 

 

大学受験の課題は、「不登校」とは別のもの

大学受験に必要な学力を伸ばすのって
不登校」って、そこまで大きく関係はないと私は思います。

 

シンプルに考えれば
行きたい大学に行く為に
足りない力をつけるために
めっちゃくちゃ頑張った!

 

学力に関しては、それだけのことでした。


行きたい大学に入学するために
利用できる奨学金制度を徹底的に調べた!

 

経済的なハンデを乗り越えるためしたことは、これに尽きました。

 

それが、「不登校だから・・・」にすり替えられている気がする。
嫌だなって思う。

 

冒頭のような質問が出てくるのは

不登校だから進学できない、授業受けてないから頭悪いだろう」

って前提があるからなのかな、って思ってしまうんです。



 

 

だから、
不登校だからって、大学に行けなくなるわけじゃない。

 

自分の力を、行きたい大学に近づけよう。
それで、いいんだよって言いたい。

 

不登校だから」って、周りの人は思って、言うかもしれないけど
私は、違うと思っているよって、伝わると、いいな。

どこにも居場所を見つけられなかった、不登校時代のわたしが、今のわたしをここに連れてきてくれた。

不登校 不登校のきっかけ こどもの味方 いじめ 自殺

絶対的な安心感。

 

不安で眠れない夜、夜中に電話かけるのは迷惑かもしれないけど、迷惑かける分、自分もその人を大事にしようってくらいに、信頼できる関係。
私が落ち込んでいるときに察して、そっと、背中をさすってくれる。落ち込んでいたら、真っ先に電話をかけてくれる関係。
私がやりたいこと、目指していることを、心から応援して、突っ走ってるときにはあたたかく見守ってくれる関係。


人とそんな関係を築きたいとずっと望んでいて、上手くいかなかった。
ここ最近は、そんな関係を築けるようになってきて
安心感の中で、生きている自分がいる。

 

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今の私を、今の場所に連れてきてくれたのは、
どこにも居場所を見つけられなかった、14歳の不登校の私だったと思う。

 

********************

 

私が学校に行けなくなったのは、いじめが原因だった。


中学2年生の5月、クラス中からの無視に始まり
ばい菌扱い、物がなくなる、そんなことが半年くらい続いた。


今も思い出すと苦しくなる一番の出来事は、
上履きを捨てられて、自分のお小遣いで上履きを買ったとき。
情けない、悔しい気持ちでいっぱいになり、歯を食いしばりながら
お金を握り締めて、親にばれないように、自宅から一番遠い靴屋まで行った。


成長期にも関わらず、半年で体重は8キロ落ち
円形脱毛症のように髪が抜け落ちて白髪だらけになり
学校に行こうと思うと嘔吐してしまったり
身体はぼろぼろの状態だった。


それでも私は、「助けてほしい」、と言えなかった。
いじめられている自分が情けないと思っていたから
自分がそんな風に扱われていることを親に知られたくなかった。


自分にムチ打って、学校に通い続けた。

 


*********************


ガタがきたのは、中2の11月、合唱コンクールが終わった後だった。

 

学校に行く途中に、人とすれ違うこと、人気を感じるのがこわい。
人が話していると、自分の悪口を言われているように感じる。

 

学校についても、校門の前で足がすくみ、くぐることができない。
廊下を歩く足音、廊下の話し声、音という音が全部こわくて、学校にいるだけでどうにかなりそうだった。

 

人と目を合わせることがこわくて

顔をあげて、前を向いて歩くことができない。


学校に行かないと、授業を受けないと、まともな高校にいけなくなる。
そんなの、絶対にいけない。
普通じゃなくなっちゃうから。


そう思って通い続けていたけど、ガタがきた。


「このままだと、死んじゃう」

 

そう思ったとき、学校に行けなくなった。
自分の部屋から出れなくなった。
布団から起き上がることが、できなくなった。

 

**********************


それから、学校に行かせたい親と
学校に来させようとする先生と
バトルする日々が始まった。


周りの人全員が敵に見えた。
「こんなに苦しい思いをしているのに、何でこれ以上苦しまないといけないの」と絶望した。


「なぜ学校行けないの?いじめられてるの?」


って聞かれた。
でも、答えられなかった。

 

本当は、バトルなんかしたくなかった。味方でいてほしかった。


どんどん追い詰められて
ご飯を食べることもできなくなった時期もあった。
それは意図的で
ご飯食べなかったら、死ねるのかな、って、本気で思ってたからだった。

 

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今でも振り返ると、よく死ななかったなって、思う。


わずかに、かすかに私の中にあった
「こんなはずじゃない。」という自分への期待が、何とか保っていてくれたのかもしれない。

 


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・・・思い出したら苦しくなったので、今日はここまで。
私の経緯については、話を聞きたいってお言葉をいただいているので
少しずつ、書いていきたいと思います。

 


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学校に行けなかったときの私は
苦しくて、不安で、ずっと悩んでいた。


いじめられていることを言い出せず
そんな扱いをうけてる自分が恥ずかしい、情けないと感じ
そんな自分を自分で認められなかった、許せなかった。


でも今は
最初に綴ったように

どこにも居場所がなかった私でも

安心を感じられる、人との関係が、いま、確かにある。


そして、その関係は
あの時の経験がなかったら、きっと、ないものだ。


自分の過去の恥ずかしいことをすべてさらけ出したからこそ
つながりができた関係で
つながりが強まった関係だ。

 

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きれいごとって思われるかもしれない。
でも、伝えたい。

 

悩んで、不安で、誰にも吐き出すことができなくて
「本当は、こうしたい」って気持ちを諦めて押し殺して、なかなか踏み出せなくて

どこにも居場所を見つけられなくて
自分で自分を認められなくて、許せなくて


人はそんな状態にある人を
どうにか、いい方向に持っていこうとしてしまいがち。

 

でも私は


「それで、いいんだ」って、私は思うの。
そんなあなたがいて、いいんだよ、って。


悩んでいること
不安に思っていること
誰にも気持ちが吐き出せないこと
学校がつまらないと感じること
どこにも居場所がないって感じること
自分で自分を許せないこと

 

あなたのそういう姿は、あっていいのだと思う。

 

私はその姿を、感じていることを、ちゃんと理解したい。理解する努力を積み重ねたい。


自分のそんな姿を、自分一人で認めるってとても勇気のいることだから
私は生きてるうちに、一人でも多くの誰かに、あなたに出会いたい。

 

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抽象的になってしまった。気持ちの整理も、伝えたいことも、届く言葉に十分にはなっていないと思う。
でも、今の等身大の言葉を、書き留めておきたかった。


読んでくれてありがとうございます。
これからも、よろしくお願い致します。